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大阪ミナミウォッチング

イベント
03 /17 2020
大阪観光名所についてその1
2001年にユニバーサルスタジオジャパンが開園した時に、地方から大阪への団体旅行用に
作ったプランです。その頃当社は旅行も取り扱っていました。福井や岡山などの方々は、普段から大阪に来られている方が多いので、大概の見どころはを皆さんご存じです。主催者からUSJに行った翌日のプランをどうするかを求められました。大阪の観光について何があるのかと考えると、とても神戸、京都、奈良にはかないません。そこで大阪の新観光プラン「お笑い芸人と回る大阪ミナミウォッチング」を作りました。01.jpg
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知り合いの落語家に声を掛け協力を依頼し。参加者10~15名で芸人を1名付け1グループとしてミナミの名所を散策し一緒に昼食を取ると行った内容です。
バス1台に30~40名乗車していることを想定して、バス1台の場合3~4名の芸人を付けます。回るコースは来られる時と帰りの交通を考えいくつか用意し、昼食はくいだおれで取るといった内容です
コースはバスが止められることを考えて、長堀通り着、千日前通り発として、心斎橋から難波に向かうコースがメインになりました。
一応コースは決めましたが、その時々の芸人と参加者のノリで変更もありとしました。
ミナミウォッチング地図

観光名所案内の例

①千日前
なぜ千日前と言うか。江戸時代に法善寺で千日願のお祈りを千日間ぶっ通しで行ったため千日寺と呼ばれるようになり、ここにお参りすれば千日間お参りするのと同じ御利益が得られると評判になり、この千日寺の前の通りだから「千日前」といわれるようになった。
千日前は処刑場と焼き場だった。この千日前は江戸時代刑場と焼き場、灰捨て場、葬式を行う場所だった。焼き場の灰が山のように積もっていた。
②道頓堀
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江戸時代に入るとすぐに、幕府の都市計画によって、道頓堀の北側に大阪中の芝居小屋が集められ、長らく日本の芝居の本場として栄えた。 南側は旅館が多かった。
芝居に人が大勢集まって、次に繁盛したのが飲食店でした。大阪の町人の食い道楽の街として、道頓堀は日本最大の食の街としても栄えた
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江戸時代、道頓堀から出る船は金比羅参り、岸和田、紀州が多く、この当たりは最大のターミナルだった。そして旅館がだんだんと料理屋になっていった。
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蝶野 正洋氏 講演会

講師派遣
03 /04 2020
愛知県の企業での講演会でした。2月の末の開催です
社員向けのクローズなセミナーとはいえ、時節柄
万全なコロナウイルス対策ぶりに
やや物々しささえある空気感の中で、とりおこなわれました。
ウイルスという見えない敵は、見えないからこそ脅威ですね。

そんな中現れた 蝶野氏は、ひときわ颯爽としていました
蝶野正洋氏講演会2

この日の演題は「モチベーションアップ」~嫌な仕事でも、前向きに取り組むにはどうしたら良いのか
がテーマでした。
自身の生い立ちから、新日本プロレス時代の様々なエピソードを語ってくれました。
プロレスファンではなくとも、おぼろげながら覚えている昔のゴタゴタ話。
そんな中で、どんな気持ちで渦中にいたのか。話は尽きません。
時にはクスッと笑える話しがいくつも盛り込まれていました。
当時、レスラーの皆さんは、腹筋を1000回、スクワットを1000回が当たり前の日課だったそうです。
1000回だと、1時間はかかったそうです。驚きです。
メンバーを絞るために、回数を毎日少しずつ増やしていったら、1800回で、
やっと脱落者が出たそうです。それだけ誰もが夢にかける思いが強かったという事ですね

プロレスラーは、それぞれが自営業者、そして、各団体は組合のようなもの
自分の存在感を上げるのは、各選手のグッズの売上=人気
そして、組織の中での人間関係。イエスマンだけではダメ、モノを言うだけでもダメ
いろいろな事例を挙げながら語る蝶野氏は、ごく自然体でした。
会社にいてくれたなら、ありがたい兄貴分なのだと思えました。

これで、プロレス好きだったら、もっとたまらない話しだったのだろうなと、
しみじみ思いました。人に会って、経験談を聞き学ぶ。貴重な体験を活かすには予習があったほうが良いのだと。この時ばかりは思いました。

講演が終わって、この講演を企画した若手の社員が、挨拶かたがた、質問をしていました。
会社という組織の中で、意見を言うときはどうしたらよいのかと。
一緒に隣に座って、耳を傾けて、穏やかに言葉を交わす蝶野氏の瞳は、サングラス越しにも優しいものでした。

会社を出るとき、主催社の皆さんが出て、送ってくださいました。誰の目もキラキラしていていました。男子が惚れ込む「漢」とはこういう方なのかもしれませんね。
蝶野正洋氏講演会1
【蝶野正洋氏 プロフィール】
1963年9月17日アメリカ・ワシントン州シアトル生まれの東京都三鷹市育ち。
1984年新日本プロレス入門し、同年プロデビュー。
海外遠征を経て、帰国後はG1クライマックスにおいて前人未到のV5を達成し、
92年には第75代NWAヘビー級王座を奪取。96年にはnWoジャパンを設立。
一大ムーブメントを起こし、その後TEAM2000を結成。
その後フリーとなり、いまなお「黒のカリスマ」としてプロレス界にに君臨している。
2007年からAIDS予防啓発活動に協力。イベント出演、冊子にコメントを寄稿。
救急救命の啓発活動も全国で展開している。

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長谷川満氏講演会

講師派遣
02 /20 2020
2月15日 愛知県安城市家庭教育講演会でした。
演題「自信とやる気を引き出すプラスの問いかけ」
聴講者は主に安城市にお住いの子育て世代の方々です。
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講演内容の一部をご紹介させていただきます

あるお母さんが4歳の娘さんにこんなことを聞かれました。
「お母さんのお腹の中にいた時のこと覚えてる?」
すると娘さんはこう答えられました。
「お腹に入る前はお空にいたよ。みんなで雲の上からお母さんを探してた。虹色の滑り台でくるくるとお腹に入ったよ。
どのお母さんにしようかなってみんな迷っていたけど、
私はすぐ決まったの。」
お母さんがその理由を尋ねられると
「笑顔が可愛かったから。」という答えが返って来ました。
そのお母さんはこれからはもっと笑顔で娘さんに接していこうと決心されたそうです。

皆さん、親が普段子どもにかけている言葉ってどんな言葉が多いでしょうか。
 「早くしなさい」
 「もう宿題したの」
 「何回言ったらわかるの」
 「いい加減にしなさい」
 こんな言葉が多いでしょうか。

 実は親が子どもにかける言葉の8割以上は 注意・命令・禁止・叱責 なんですね。
 これでは子どもの自信ややる気は引き出せません。
 これらの言葉は上からの一方通行で対話になっていかない言葉なんですね。

 自信ややる気を引き出そうと思ったら
 もっと子どもの立場に立って対話しなくちゃ引き出せません。

それには「プラスの問いかけ」が非常に効果的です。
 プラスの問いかけ
 「どうしたらいいと思う?」
 「どうしたら出来るかな?」
 「どうしたい?」
 「どうしてほしい?」
 「何か手伝えることある?」

 プラスの問いかけは子どもの考えや気持ちを聞こうとするもので、
 このように問いかけられると子どもは、
 自分は大切にされている、認められている、愛されていると感じます。
 このように感じるとき子どもは自らの『自己成長力』を発揮し、
 主体的・意欲的に物事に取り組むようになるそうです。 

 まずはマイナスな言葉がけをやめて、
 それを「プラスの問いかけ」に変えていく。
 子どもにかける言葉が変わってくると子どもとの関係、
 親子関係が変わってきます。
 そして子どもとの関係が変わってくると子どもが変わってくるのです。

 やる気を引き出す最大のカギは親子関係にあります。
 どういった親子関係が子どもの自信や意欲を引き出すのか、
 講演で披露致します
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講演の終わりに一人一人それぞれ違う100種類の詩をプレゼントしました。

      ◆ 長谷川満氏プロフィール◆
1961年京都生まれ。
1987年家庭教師システム学院を兵庫県加古川市に設立。
25年以上多くの家庭教師を指導すると共に、自らも家庭教師として、
子どもの自信と意欲を育てる学習指導を実践。
不登校や発達障がい傾向のある生徒も数多く指導。
それらの経験をもとに、「良好な親子関係こそが子どもを伸ばす」と
2006年よりペアレントセミナーを開講。
また読売ファミリーニュースにて教育コラム「おや学講座」を連載。
2012年に5年間の連載記事をまとめた「あなたも子どももそのままでいい」を出版。現在、幼稚園・小中学校を中心に講演活動中
ハセガワミツル
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