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蝶野 正洋氏 講演会

講師派遣
03 /04 2020
愛知県の企業での講演会でした。2月の末の開催です
社員向けのクローズなセミナーとはいえ、時節柄
万全なコロナウイルス対策ぶりに
やや物々しささえある空気感の中で、とりおこなわれました。
ウイルスという見えない敵は、見えないからこそ脅威ですね。

そんな中現れた 蝶野氏は、ひときわ颯爽としていました
蝶野正洋氏講演会2

この日の演題は「モチベーションアップ」~嫌な仕事でも、前向きに取り組むにはどうしたら良いのか
がテーマでした。
自身の生い立ちから、新日本プロレス時代の様々なエピソードを語ってくれました。
プロレスファンではなくとも、おぼろげながら覚えている昔のゴタゴタ話。
そんな中で、どんな気持ちで渦中にいたのか。話は尽きません。
時にはクスッと笑える話しがいくつも盛り込まれていました。
当時、レスラーの皆さんは、腹筋を1000回、スクワットを1000回が当たり前の日課だったそうです。
1000回だと、1時間はかかったそうです。驚きです。
メンバーを絞るために、回数を毎日少しずつ増やしていったら、1800回で、
やっと脱落者が出たそうです。それだけ誰もが夢にかける思いが強かったという事ですね

プロレスラーは、それぞれが自営業者、そして、各団体は組合のようなもの
自分の存在感を上げるのは、各選手のグッズの売上=人気
そして、組織の中での人間関係。イエスマンだけではダメ、モノを言うだけでもダメ
いろいろな事例を挙げながら語る蝶野氏は、ごく自然体でした。
会社にいてくれたなら、ありがたい兄貴分なのだと思えました。

これで、プロレス好きだったら、もっとたまらない話しだったのだろうなと、
しみじみ思いました。人に会って、経験談を聞き学ぶ。貴重な体験を活かすには予習があったほうが良いのだと。この時ばかりは思いました。

講演が終わって、この講演を企画した若手の社員が、挨拶かたがた、質問をしていました。
会社という組織の中で、意見を言うときはどうしたらよいのかと。
一緒に隣に座って、耳を傾けて、穏やかに言葉を交わす蝶野氏の瞳は、サングラス越しにも優しいものでした。

会社を出るとき、主催社の皆さんが出て、送ってくださいました。誰の目もキラキラしていていました。男子が惚れ込む「漢」とはこういう方なのかもしれませんね。
蝶野正洋氏講演会1
【蝶野正洋氏 プロフィール】
1963年9月17日アメリカ・ワシントン州シアトル生まれの東京都三鷹市育ち。
1984年新日本プロレス入門し、同年プロデビュー。
海外遠征を経て、帰国後はG1クライマックスにおいて前人未到のV5を達成し、
92年には第75代NWAヘビー級王座を奪取。96年にはnWoジャパンを設立。
一大ムーブメントを起こし、その後TEAM2000を結成。
その後フリーとなり、いまなお「黒のカリスマ」としてプロレス界にに君臨している。
2007年からAIDS予防啓発活動に協力。イベント出演、冊子にコメントを寄稿。
救急救命の啓発活動も全国で展開している。

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