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大阪ミナミウォッチング 大阪観光名所について その2

イベント
04 /20 2020
観光名所案内の例
●千日前 
千日前通

この千日前はハンセン氏病の人達がいました。当時のハンセン氏病の人は生活権がないためこの人達はもらいもので生活していました。当時この千日前当たりにお参りする人たちは、ハンセン氏病の人たちのために食べ物を持って行き、千日前で捨てて帰っていました。
いつの間にか千日前にハンセン氏病の人たちがいっぱい集まるようになりました。その頃マカオからハンセン氏病の人たちに「クリスチャンになりマカオへ来て下さい」との招へいがあり幕府はハンセン氏病の人たちをマカオへ送りました。
明治になってここを町にするために一般に土地を売り出しました。しかし誰も買いませんでした。そこで1坪50銭付けて土地を引き取ってもらいました。主に飲食店、芝居小屋が中心でした。いまでもここに明治の初期からすんでいるという人はこうやって土地を得た人らしい。
水掛不動
戎橋

●千日前通
明治時代(明治45年)、ここは茅葺きの家が密集していた地域でした。心斎橋筋あたりに百草湯という風呂屋があって1/15の古正月そこから出る火の粉で、まず御堂筋当たりの遊郭「百楽」から火がつき、どんどんと東へ今の上本町当たりまで燃え尽きました。ちょうどこの大きな道の幅だったようです。そこを都合よく今のこの道になりました。

●法善寺横町
法善寺横町

飲み屋と寄席の集まりでした。寄席も10件以上あり、数人程度入れる店が多かった。又飲み食いできる店の中での芸が主でした。
夫婦善哉は織田作之助の小説「夫婦善哉」で有名なぜんざい屋さんです。1人前頼んでもお椀2つ出てきます。
不動さんを覆っている分厚い苔について。このお不動さんまるで苔のよろいを着ているかのようなお姿です。なぜこれほどまでに苔が生えているかというと、1つは「水かけ」というだけあって、周辺のお店の人が「水商売」の繁盛を祈願し、不動さんに水をかけるためで。もう1つは言い伝えとして、自分の体の悪いところを不動さんが治してくれるというものがあり、、例えば足が悪ければ足に水をかけるというならわしから水をかけまくるのです。
法善寺横町の看板について西門は藤山寛美さんが、東門は3代目桂春団治さんが書いたものです。ここでよく見てもらいたいのは、藤山寛美さんが書いた看板で、法善寺の「善」という字の横線が1本足りない、これは間違ったわけでなく、「私は1本ぬけてます」という洒落を盛り込んでいるのです。
道頓堀

●くいだおれの語原
この語源は「杭倒れ」からきています。
江戸時代、物資輸送といえは舟が多く、この道頓堀川も大変にぎわいました。この道頓堀川にも多くの橋が架かっていて、そのほとんどが民間で架けられた安物の橋でした。
この橋は人しか通れず荷車などは船で川を渡っていました。物資を運ぶ船が多く、よく橋にぶつかっていました。安い材料で作ったため橋桁などは太い木でなくほとんどが「杭」程度の木材を使っていたためすぐ壊れてしまいました。この修繕費は地域の負担だったため、道頓堀周辺の人たちはいつもこの修繕費で泣かされていました。中にはこの杭を修繕する費用で倒れる人がいました。ここから「杭だおれ」の語源がきていると思われます。
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